ヤクザを一喝した70代の眼光。新選組の真実を語り継いだ剣士・永倉新八の「晩年と誇り」
みなさんこんにちは!お口の健康から全身の健康を創造する医療法人ユナイテッド理事長の上原亮です。
1月25日の日曜日東京恵比寿でジルコニアインプラントの研修のあと、私は板橋の地を訪れました。埼京線で1本なんですね?初めて埼京線に乗りました。そこには、新選組局長・近藤勇が処刑された場所であり、今も彼が眠る墓所があります。冬の澄んだ空気の中、静かに手を合わせると、幕末の喧騒が聞こえてくるような不思議な感覚に陥ります。23区の駅とは思えないくらい落ち着いた町でした。

近藤勇の墓のすぐ傍らに、もう一人の男の墓が立っています。新選組二番隊組長、永倉新八。

今回は、新選組最強の剣士と呼ばれ、激動の時代を最後まで生き抜いた「ガムシン」こと永倉新八に焦点を当て、その波乱に満ちた生涯と、板橋の墓に込められた想いについて綴りたいと思います。
■ 近藤勇の傍らで眠る「不器用な義」
永倉新八は、新選組の結成メンバーでありながら、最後は近藤勇と袂を分かっています。近藤が「家臣」を求めるようになったことに対し、永倉はあくまで「同志」であることを貫こうとしたからです。
しかし、二人の絆は断絶したわけではありませんでした。明治に入り、新選組が「賊軍」として蔑まれる中、永倉は真っ先に名誉回復のために立ち上がります。明治9年、彼は板橋に近藤勇と土方歳三の供養碑を建立しました。 かつて対立し、別々の道を歩んだとしても、永倉にとって近藤は生涯の友であり、共に死線を潜り抜けた「同志」だったのです。


永倉は遺言で**「自分の墓は近藤勇の横に立ててほしい」**と言い残しました。生前、一度は離れた心が、死後再び板橋の地で寄り添っている。その事実に、彼の不器用ながらも深い義理堅さを感じずにはいられません。

■ 晩年の逸話:最強の剣士は衰えず
永倉新八の凄みは、その長寿と衰えない剣気にあります。彼は大正4年、77歳まで生き抜きました。当時の平均寿命を考えれば驚異的な長生きですが、単に長生きしただけではありません。
「ヤクザを一喝した話」 小樽での晩年、孫と映画館(活動写真)へ通うのが楽しみだった永倉ですが、ある時出口で地元のヤクザ数人に絡まれました。年老いた老人だと思って侮ったヤクザたちに対し、永倉は鋭い眼光を放ち、凄まじい気迫で一喝しました。その殺気に恐怖したヤクザたちは、一目散に逃げ去ったといいます。 池田屋で刀が折れるまで戦い、数多の修羅場をくぐり抜けた本物の「人斬り」の気迫は、70歳を過ぎても消えることはありませんでした。
「北海道、樺戸での日々」 明治15年には、北海道の樺戸集治監(刑務所)で剣術師範を務めています。看守たちに剣を教え、若き学生たちを相手にしても、子供扱いするほどの手腕を見せていたといいます。 「最後は一度負けてみたいものだ」という言葉を残したという逸話もありますが、それは最強と呼ばれた男の、孤独な自負だったのかもしれません。
■ 証言者としての使命
永倉が後世に残した最大の功績は、著書**『新選組天末記』**です。 明治維新後、新選組の真実は歪められ、彼らはただの「殺人集団」として記録されようとしていました。永倉は、死んでいった仲間たちの名誉を守るため、老いた体に鞭打ち、記憶を紐解いて真実を語り続けました。 池田屋事件の生々しい描写や、近藤・土方の素顔。私たちが今日、新選組を「ヒーロー」として語ることができるのは、この一人の生き残りが、逆風の中で声を上げ続けたからに他なりません。
■ 『ゴールデンカムイ』に登場する永倉新八

現代のエンターテインメント、人気漫画・アニメ『ゴールデンカムイ』にも、永倉新八は主要キャラクターとして登場します。 作中では、土方歳三と共に金塊争奪戦に身を投じる老剣士として描かれています。見た目はフサフサだった髪も衰えた老紳士のようですが、一度刀を握れば、第七師団の軍人たちを圧倒する最強の戦闘力を発揮します。
作品内でも、彼の「がむしゃら」な気質や、土方への忠義、そして何よりも「新選組最強」としての誇りが色濃く反映されています。史実通り、最後に生き残る「強運と実力」を兼ね備えたキャラクターとして、多くのファンに愛されています。
■ 結びに:歴史を繋ぐ足跡
板橋の墓所で、近藤と永倉の墓を前にして、私は一人の医療従事者として、そして歴史を愛する者として、彼らの「生」に思いを馳せました。 最愛の仲間たちを失い、逆賊の汚名を着せられてもなお、自分の信念を曲げず、記録を残し続けた永倉新八。彼の人生は、どれほど孤独で、それでいて誇り高いものだったでしょうか。
最期は虫歯からくる敗血症という、現代の医療であれば助かったかもしれない病でこの世を去りましたが、彼が残した「記憶」という名のバトンは、今も私たちの心に深く刻まれています。
新選組のゆかりの地を巡る旅は、単なる観光ではありません。かつてこの国のために命を燃やした男たちの「魂の軌跡」を辿る旅なのです。永倉が愛した近藤の隣で、私もまた、背筋が伸びる思いでした。
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きょうもご覧いただきありがとうございました!
【編集後記】 板橋には初めて行きました。なんか23区内とは思えない落ち着いた場所です。板橋駅すぐの墓所にある石碑の裏側には、建立に携わった隊士たちの名も刻まれています。板橋でふとカレーが食べたくなり、ここいちカレーのカツカレー+野菜ハーフを頼みました((笑))